マルクスとは何者であったのか。人類に関してすべてを知ろうとする意志。人類の過去と
現在の経験のすべてを、とりわけ苦境の経験をわがことのように知り尽くそうとする精神。
何のためにか。人類が完全な自由を手に入れ、生存のすべての苦から解放される道を見いだ
すために。眼前の社会の学的認識に全力を注ぎつつ(『資本論』)、全世界の同時代現象の
すべてを分析し(時局論文)、解放の道筋を模索する(『ゴータ綱領批判』)。国家間戦争
や植民地争奪戦の犠牲になる原住民たちの地獄の叫喚に耳を傾け、世界的共同事業として
苦境の共同負担を自己の課題とし(『経済学・哲学草稿』)、また民衆のとるべき実践的
指針を提示する(『共産党宣言』)。彼にとって、地球の知られざる片隅の苦難は、巨大な
国際事件と同等の重要性をもつ。デモクリトスとエピクロスの自然哲学に強い関心を払う
精神は、英国の大工場で搾取される女性と児童の悲惨な人生を克明に描く精神でもある。
この世に一人の不幸な人間がいるかぎり、この世界は不正義であるという信念がここに息づ
いている。
近代世界はマルクスの予想通りに世界資本主義として完成しつつある。十九世紀と同様、
国家間戦争は継続し、隠然たる植民地化が地球全体に展開している。個々の現象は変化した
が、資本主義の根本傾向は『資本論』が教えた通りに展開している。二十一世紀の現在、社
会と歴史の現実を最も深い所で捉える教説、それがマルクスの学問である。
『資本論は』一八六七年の刊行だが、マルクスはその後も完成に向かっての仕事を続けてい た。渉猟した資料は大変なもので、インドの植民地経営や中国の太平天国の乱なども追っていた。アメリカ資本主義にはことのほか詳しかった。その彼でも追いきれなかった事態が、 しかし彼のテーゼを証明する事態が実は当時進行していた。それは一八七〇年代から二〇世 紀初頭にかけて世界中で五千万人が死んだ大飢饉のことである。アメリカの異端の都市社会学者マイク・デーヴィス(『ヴィクトリア時代後期のホロコースト。エル・ニーニョ飢饉と 第三世界の創出』二〇〇一年)によれば、これは一般にいわれているようにエル・ニーニョ などの自然災害によるものではなく、なによりもイギリスを中心とする植民地主義の暴力が 原因である。植民地官僚によって無理な灌漑事業がはじめられ、それが不作の原因となり、 建設事業で国家予算が消耗していたために伝統的な相互扶助も出来なかった。本来なら農家 にあるはずの緊急時の蓄えもロンドンを中心とする国際市場に吸収されてしまっていた。 「第三世界の誕生」はここにある、というのだ。ローカルな市場を壊して、当時のグローバ ル化を推し進めたのは、なにより植民地への近代の侵入という暴力である。原初的資本蓄積 は暴力であるというマルクスのテーゼが実は彼の知らないところで展開していたのだ。この暴力はかたちを変えて今も続いている。マルクスの描く資本主義の歴史は、日常の小商品の マーケットで、もうそれとしてはお話にならない。しかし、この暴力と資本の連関の次元で 見れば、もっともっと大規模にマルクスが描いた事態が見えにくいところで進行している。 現代資本主義の変化を追うときに、マルクスを参照する必要がある理由である。もちろん、 それはマルクスの分析装置をそのまま盲目的に使用することではない。彼のいくつかの基本的直感をもとに新たな分析装置を作るためでもある。
デモクリトスの自然哲学と
エピクロスの自然哲学の差異 中山元訳
ヘーゲル法哲学批判 序説 三島憲一訳
ユダヤ人問題によせて 徳永恂訳
経済学・哲学草稿 今村仁司・村岡晋一訳
マルクスは学位論文「デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異」でギリシア哲学の終焉の相を論じた。 それは同時にヘーゲル以後のドイツ哲学の行方を見定める眼差しへとつながってゆく。 生涯の活動の出発点となったマルクス青年時代の諸論考を収める。
ドイツ・イデオロギー(抄)
今村仁司・三島憲一・鈴木直・麻生博之訳
哲学の貧困 今村仁司・塚原史訳
コミュニスト宣言 三島憲一訳
宗教批判におけるヘーゲル左派の観念性を批判した「ドイツ・イデオロギー」、プルードンのブルジョア性を喝破した「哲学の貧困」、生動する言葉の喚起力によってあまねく世に知られる「コミュニスト宣言」など、三〇歳ころまでの代表作を集める。
ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日 横張誠訳
経済学批判要綱[序説][先行する諸形態] 木前利秋訳
経済学批判[序言] 木前利秋訳
資本論 初版[第一章] 今村仁司訳
階級闘争の視点から二月革命の破綻と第二共和政の衰滅の過程をたどった「ブリュメール一八日」、自身の経済学研究の画期となった「経済学批判要綱」、「土台と上部構造」に言及した「経済学批判 序言」、そして『資本論』の第一章部分を初版刊行時の形で収録する。
資本論 第一巻(上) 今村仁司・三島憲一・鈴木直訳
『資本論 第一巻』はマルクスが生前に目をとおし刊行を実現した唯一の巻であり、第二巻、第三巻は草稿のまま残され、死後エンゲルスによって世に送り出された。ディーツ版全集を底本とし、旧版を参照しマルクスの意図した強調箇所をすべて復元した。
資本論 第一巻(下) 今村仁司・三島憲一・鈴木直訳
『資本論 第一巻』「資本の生産過程」全二五章のうち、第一三章以下を収録する。ここで展開される再生産論と蓄積論は本篇の白眉であり今日でもその輝きを失わない。巻末に上下巻をとおした解説を付す。
フランスの内乱 辰巳伸知訳
ゴータ綱領批判 細見和之訳
時局論(上)(インド・中国論) 村岡晋一他訳
パリ・コミューンという眼前の歴史的事件を活写した「フランスの内乱」、国家社会主義と無政府主義のはざまで共産主義社会を展望する「ゴータ綱領批判」、そしてジャーナリストとしてのマルクスの発言のうち、インドと中国に関するものをまとめる。
時局論(下) 村岡晋一他訳
芸術・文学論 村岡晋一他訳
手紙 村岡晋一他訳
前巻に引きつづきトルコやアメリカ問題など時局への関心を示す発言のほか、各種論説や書評記事を収める。またフォイエルバッハやラサール、ロシア・ナロードニキの運動家ザスーリチ宛書簡草稿にいたるまで、マルクスの息吹を伝える書簡類を幅広く収載する。