コラム〈上級〉学習が目指すもの

#5 日本人が目指すべき英語 ── Let us aim for the top!

横山雅彦(2022年9月29日 更新)

 『英語のハノン/フレーズ編』は「口語表現(colloquialisms)集」ではない、とは言っても、会話のやりとり(ダイアログ)を扱う以上、ダイアログやドリルの中には、たくさんの面白い口語表現が散りばめられています。

 『英語バカのすすめ』(ちくまプリマー新書)の中でも述べているように、僕は大学生の頃、『最新日米口語辞典』(朝日出版社)をボロボロになるまで読み込んでいました。エドワード・G・サイデンステッカー先生と松本道弘先生によるmodern colloquialismsのまさに金字塔です。長らく絶版となり、中古市場で驚くべき高値がついていましたが、2021年に改訂版が出版され、あるいは入手された方も多いかもしれません。僕は、そこに掲載されたすべての見出し語と例文を丸暗記しました。それらの表現は、今なお、僕の英語の中に血肉化して息づいています。

 書店に行けば、たくさんの口語表現集が並んでいます。インターネットにも、そうした表現を紹介するサイトや動画が溢れています。しかし、ここで気をつけなければならないのは、「日本人が知らない」あるいは「ネイティブがよく使う」口語表現は、実はネイティブにしか通じない、つまり世界中の英語話者の大半には通じないということです(英語が得意とされるフィリピン人の多くにも通じないようです)。

 現在、世界の英語話者は約15億人(世界人口の4人に1人)、そのうちネイティブは4億人未満とされます。つまり、英語話者の約75パーセントは非ネイティブなのです。僕は空手道師範でもあり、これまでメキシコやフランスなど、英語を第一言語としない国々に指導に行きましたが、実際、そこで『最新日米口語辞典』で覚えた表現が通じたのは、アメリカやイギリスに留学した経験のあるほんのわずかな知識人だけでした。

 さらに言えば、こうした口語表現は、ネイティブにさえ通じないことがあります。最近でも、goof offという表現が、30代のアメリカ人男性に通じませんでした。『最新日米口語辞典』では「サボる」という意味で紹介されているスラングです。僕が大学生だった1980年代には間違いなく通じていましたので、あるいは古くなってしまったのか、それとも生まれ育った地域によって異なるのか、いずれにせよ、口語を学んでいると、このようなことがよく起こります。

 では、口語は学ばなくてもいいのか、というと、それは断じて違います。口語には、しばしば英語文化圏の伝統や発想が反映されていて、より深く英語を学ぶための極めて重要な「よすが」となります。また、アメリカやイギリスの映画を理解したり、ネイティブとの会話を楽しんだりするのに、口語の知識は欠かせません。いや、その知識はあればあるほどよい、とも言えるでしょう。

 たとえば、アメリカの口語表現に、bury the hatchetがあります。直訳すると「斧を埋める」ですが、アメリカ人はこれを「仲直りする」という意味で使います。かつてアメリカ先住民が部族の間で平和協定を結んだとき、その証として土に斧を埋めたことに由来し、今ではイギリスでも使われるようになりました。言うまでもなく、まず非ネイティブには伝わりません。問題は、伝わらなかったときにどうするか、です。口語は伝われば鮮やかですが、伝わらなければ一巻の終わりの「諸刃の剣」です。

 ネイティブ相手であれ、非ネイティブ相手であれ、口語を使うときには、必ず二、三通りの別の表現でパラフレーズ(言い換え)できなければなりません。たとえば、bury the hatchetと言って伝わらなくても、決して慌てず、まずフランス語系の基本単語であるreconcileと言ってみる。通じなければ、次はドイツ語系の句動詞であるmake upです。非ネイティブの場合は、それでも通じないかもしれません。それなら、become friends againと説明してみる。そうした二の矢、三の矢を放てる「地力」がないのなら、口語は使ってはなりません(映画やテレビで聞いたらわかる必要はあります。しかし、知っていても使ってはならない、ということです)。そして、その「地力」を身につける方法とは、オーソドックスに基本単語を覚え、文法を勉強することであり、それこそが『英語のハノン』シリーズの目的にほかなりません。

 文脈は変わりますが、これと関連して、世界の英語人口の約75パーセントが非ネイティブであることから、英語音声学で「ネイティブの発音を目指す必要はない。EIL発音でよい」という考えをよく聞くようになりました。「EIL発音」とはEnglish as an International Language(国際語としての英語)発音のことで、少しくらい訛っていても通じさえすればよい、という考えです。ただ、実際にはEIL発音とはどのようなものか、その研究は緒に就いたばかりで、まだ明確な基準があるわけではありません。比較的クセのないフィリピンの英語をモデルにすることを提唱する人もいます。

 僕自身は、この考えには一貫して反対してきました。みなさんは、『英語のハノン』のトレーニングを通じて、「自分で発音できるものは聞き取れる」ということを、すでに身をもって知っておられるはずです。だとすれば、これは「アメリカやイギリスの映画は理解できなくてもよい、ネイティブとの自由な会話や議論は最初から諦めろ」と言っているのと同じだからです。

 1989年の「NHKテレビ英語会話Ⅱ」で、東後勝明先生と世界的英語学者のランドルフ・クヮーク先生が対談しておられます。そこでクヮーク先生は“The objective of the Japanese learners of English is to learn a native variety. No question about it.”(日本人英語学習者の目的はネイティブ英語を学ぶことです。そのことに疑いはありません)と述べ、a native varietyを具体的にアメリカ英語かイギリス英語と定義しておられます。ネイティブ英語を学ぶ過程で、Japanese Englishになってしまう(日本人としてのクセや訛りが出てしまう)ことは仕方がないにしても、われわれは最初からJapanese Englishでいいなどと妥協してはならない、とおっしゃるのです。これに対して、東後先生がなんとも言えない笑顔で、“In a word, let us aim for the top.”(ひとことで言えば、トップを目指そうということですね)と応じられたのが、とても印象的でした。

 僕もまた、みなさんに“Let us aim for the top.”と呼びかけたいと思います。文法にせよ、口語表現にせよ、発音にせよ、どこどこまでもネイティブ英語を目指したい。その道中での(結果としての)EILなら、それでいいのです。そこにこそ、英語を学ぶロマンがあると思います。もちろん、その道は無限です。卒業もありません。だからこそ、ロマンなのです。

 イギリス英語をお手本にしたいと思うみなさんのために、10月には、エマ・ハワードさんとマイケル・リースさんという、現在日本国内で考えられる最高のイギリス人ナレーターを起用して、『英語のハノン/初級』のイギリス英語版の収録を行います。「フレーズ編」同様、どうかご期待ください。

 「フレーズ編」のドリルに、中村先生が書かれた次のような英文があります。

 We’re looking to open a new avenue for English education in Japan.

 私たちは日本の英語教育のために新たな道を切り開くつもりだ。

 これは、われわれの決意の表明です。『英語のハノン』シリーズは、英語のロマンを求める学習者のみなさんに常に寄り添っていられる存在であり続けます。

 Let us aim for the top!

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