命がけの跳躍

内田 樹

 講演ではときどき不思議なことが起きる。「そんなことを言うつもりのなかったこと」が口を衝いて出る。ふと浮かんだアイディアが語り手の制御を失って暴走し始める。「つい言ってしまった言葉」につられて「言うつもりのなかった言葉」が出てくる。講演者自身が「その先」を知りたくて、思弁の「手綱」を緩める。自分が何を考えているのか、自分が知りたいのだ。
 思弁の暴走が始まるときの徴候は「同じような話を繰り返す」という点にある。実はそれが「助走」なのである。「命がけの跳躍」の前には必ず「どうどう廻り」がなされる。障害物を飛び越える動物のように、呼吸を整え、歩幅を確認してから、満を持して「跳ぶ」のである。
 この講演集は他の著作に比して完成度は高くないかもしれない(同じ話が多いから)。けれども、吉本隆明がどういうふうに「跳ぶ」のか、そのダイナミックな技術を目の当たりに見ることができる。