中高生のための表現読本 編者のことば

言葉には不思議な力があります。

たとえば、本を開いたとき。そこに載っているのはページの上の黒い文字でしかないはずなのに、いつの間にか私たちは、その世界の中に入り込こんでいます。見たことのない景色、会ったことのない人、経験したことのない感覚が、まるで目の前や自分の中に広がるかのように。

たった一文字、ほんの少しの言い回しの違いが、世界の色あいを変えることもあります。「光」と「ひかり」、「命」と「いのち」─同じ音や意味の言葉でも、書き表し方や音の響きが違えば、心に届く感触も違ってきます。

こうした「表現」のしかた、つまり〈レトリック〉への心配りや工夫によって、言葉に力が宿ります。言葉はただ何かを伝えるための道具ではなく、読み手の感情や思考を揺さぶり、ときには行動をも変えたり、まだ見ぬ風景や新たな現実を立ち上げたりする力をもつのです。

言葉の織りなす「表現」をゆっくり味わってほしい、〈レトリック〉のもたらす不思議な力に触れてほしい─―この本は、そんな願いをこめて、中学生以上の若い読者を主な読み手として作られました。

この本には、エッセイや物語だけでなく、詩や手紙、料理のレシピなど、さまざまなジャンルの作品が収められています。読んでいて「いいな」「わかるな」と思えるものもあれば、遠く感じられるものもあるかもしれません。でも、あまり気にしないでください。この本にはそんなときのための手引きやコラムも用意してありますし、ゆっくり繰り返し読んだり時間をおいて読んでみたりするだけで、距離が縮まることもあります。

言葉の力に導かれて、世界の見え方や感じ方が少し変わるかもしれないし、時には自分自身が今までと違った人のように感じられることもあるかもしれません。そんな変化のなかで、あなた自身が、新たな「表現」をつむぎ出したくなるかもしれません。言葉の響きや並べ方に心を配りながら、自分なりの手ざわりを通して〈レトリック〉を使ってみること─そうした営みもまた、言葉の力との出会い方といえます。

この本はそんなふうに、いつか「書くこと」へ向かう旅の地図のようなものでもあります。旅はどのページから始めてもらってもかまいませんし、順番も自由です。どんな旅をするのか、どんな景色に出会うのかはあなた次第。

さあ、ページをめくってみてください。

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