梅田望夫インタビュー「ネットは書籍出版を変えるか」梅田望夫

■「総表現社会」と出版社

――たとえば、筑摩書房でも「太宰治賞」という小説の新人賞をやっていて、毎年、1000通近い応募があります。出版社にとって「総表現社会」というと、まず、そうしたことを思い浮かべるのですが。

 僕は、小説の世界は、昔から「総表現社会」だったのではないかと思います。小説を書きたいという人は、昔から小説を書いていた。インターネットによって小説を書く人が増えているというふうには思いません。別の理由で増えているのではないでしょうか。電子メールや携帯メールの普及によって、文章を書く量が増えている、という統計を見たことがありますが、そういうことのほうが、影響しているのではないでしょうか。PC(ワープロ)の発達もあると思います。

 絵を描きたい人は絵を描き、音楽をつくりたい人は音楽をつくり、というのと同じように、小説を書くというのは、相当特殊な芸術領域だと思います。この本のなかに、注意深く、「芸術的な領域を除けば」というフレーズを入れておいたのですが(『ウェブ進化論』第四章、138ページ)、その領域(の総表現社会)は、もうすでにあったのではないかと思います。出版社を頂点としたシステムがあり、そこにはいろいろなもの(小説)が送られてきて、それを読み評価するのが編集者の仕事、ということだったと思います。

 しかし、それ以外のビジネス分野や、そのほかの専門分野だと、もっとカジュアルな総表現社会が広がる。普通の人であっても、人の知らないことを書けば価値になる。要するに、芸術領域でないわけです。どちらかというと、そこが、僕がこの本で主張したかった「総表現社会」の領域です。僕がいう「総表現社会」は、小説を書くというより、もっとカジュアルなものです。

 たとえば、何かテレビ番組を見て、それについて論評するとか、異質なものを二つ組み合わせて面白いことを書くとか、あるいは、専門性にもとづいて何かを言う。たとえば、弁護士が、ライブドアの問題について、普段お客さん(クライアント)に対して言うようなことを、すっと書く。すると、読んだ人は「すごい、こんなことは新聞記者には書けないな」と思う。こういうようなことが「総表現社会」で新しく変わっていく領域だと思います。

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