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文章に即して古典を読む

『土佐日記』「男もすなる」(冒頭)

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●「十二月の、二十日余り一日の日」の読みをめぐって

 以前から『土佐日記』を教えるときに疑問に思っていたのが、この箇所であった。「しはすの、はつかあまりひとひのひ」とは、なんともまどろっこしい表現ではないか。なぜ「十二月二十一日」と書かないのか。そういう表現ができなかったわけではない。そのすぐ後には「二十二日に、和泉の国までと、平らかに願立つ。」(『精選国語総合 古典編 改訂版』37頁8行目/『国語総合 改訂版』250頁3行目)とすっきり表現しているではないか。しかし、指導書にはそのような説明はまったく書かれていない。授業では「十二月の、二十日余り一日の日」を「どのように読むのか」とか、「何月何日のことか」などといったことを生徒に問うことで(またテストでも問い)、何となく古文を読んだような、あるいは教えたような気になってお茶を濁していた。

 最近になって、この箇所について次のような説明に出会った。

 「しはすのはつかあまりひとひのひ」は「十二月廿一日」と等価ではありません。和語で表現したのは、日本語のデリケートな含みを生かして表現することがここでは不可欠だったからです。(中略)
「しはす」は確かに十二月に相当しますが、漢字で書いた「十二月」は、十一月の翌月、一月の前月という無機的表示にすぎません。しかし、現代語でも〈あわただしい師走の街〉などと表現されるように、「しはす」という語は、いよいよ年も押し詰まって、新年が足早に迫ってくるという含みをジカに感じさせます。
漢字で書いた「廿一日」は、やはり、「廿日」と「廿二日」との間にすぎませんが、「しはすのはつかあまりひとひのひ」となると、追われるような「しはす」の「はつか」をすでに一日すぎて、新年まで指を折って数える日数しかのこってないことを実感させます。
(小松英雄『古典再入門』笠間書院)

 小松氏は、「十二月二十一日」と「しはすのはつかあまりひとひのひ」との違いにこだわり、その違いを読まれている。しかし多くの現場は、小松氏のような読みをここでするのではなく、「十二月の、二十日余り一日の日」の読み方であったり、それが何日を意味するのかの確認に終わっている。なぜそうなるのか。それは『土佐日記』のもともとの記述では、この箇所は「しはすのはつかあまりひとひのひ」と仮名表記になっているのだが、教科書はそれを「十二月の、二十日余り一日の日」としていることに起因している。「十二月の、二十日余り一日の日」と書かれているものを、ここは「しはすの、はつかあまりひとひのひ」と読むのだと教える。昔の月や日の読み方はそうするものなのだ、といった説明を私もどこかで受けたようにも思う。またそう生徒に教えたこともあった。なぜ昔の人はそんなにまどろっこしい言い方をしたのだろう、という疑問が頭をかすめたが、大して気に留めることもなく過ぎてしまっていた。

 しかし、すぐ後には「二十日余り二日の日」ではなく、「二十二日」とある。教科書においてすら、明らかに表記が変わっているのである。しかし、教科書や指導書でその表記の違いを取りあげて説明しているものを私は見たことがない。『羅生門』では、下人が楼に上っていく場面が次のように書かれている。

 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広いはしごの中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の様子をうかがっていた。
(『精選国語総合 現代文編 改訂版』24頁10行目/『国語総合 改訂版』30頁10行目)

 それまで「下人」と呼んできたのが、ここで「一人の男」と別人が登場したかのように思わせる表現になっている。なぜ「下人」ではなく「一人の男」なのか。読み手の疑問がそこに向かうのは当然のことである。また授業でも、そこに生徒が着目するように仕向けていく。しかし、『土佐日記』では表現の違いは問題ともされない。同じように文学作品を扱いながら、一方は表現の違いを問題とし、また文学作品の読みにおいてはそのような箇所に着目することが大事なのだと教え、一方は表現の違いを取りあげもしない。したがって古文では表現の違いにこだわることもなく、「しはすの、はつかあまりひとひのひ」と読むものなのだと鵜呑みにし、テストで問われたらそう答えられるように覚えるのである。文章や表現にこだわり、ひっかかりして、そこを手がかりに読みを深めていくようなことはなかなか難しいのである。

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