太宰治賞
第36回

2020/07/13

第36回太宰治賞 贈呈式が行われました

6月16日(火)、新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受け、例年の東京一ツ橋・如水会館から三鷹市公会堂さんさん館多目的会議室に会場を移して、関係者のみによって第36回太宰治賞(筑摩書房・三鷹市共同主催)の贈呈式が行なわれました。

 最初に司会より列席者の紹介があったあと、三鷹市の河村孝市長が主催者挨拶を行ないました。 「例年であれば、みたか井心亭の選考会で、選考委員の方々による丁々発止の議論によって受賞作が決まるのを拝聴するという役得があったのですが、今年はコロナ禍の影響で書面をやりとりするかたちでの選考となり、各作品への鋭い意見が聞けなかったのは残念でした。
 しかし懇切に行われた選考により、今回も素晴らしい作品を太宰賞に選ぶことができたのは嬉しいかぎりであり、聞くとまだ二作目の作品ということで、さらなる活躍を期待してやみません。
 また未曾有の事態の影響ではあれ、地元であり太宰治の聖地でもある三鷹市で贈呈式を行えるのは怪我の功名ではないけれども嬉しいことでした。太宰が生涯で最も充実した執筆活動を行った三鷹の地を正真正銘のスタート地点として、今後活躍されるのを楽しみにしています。」

 続いて、筑摩書房・喜入冬子社長が挨拶を述べました。
「まず、このような緊急事態のなか関係各位の尽力により、心温まる会が開けたことに感謝を申し上げます。
 緊急事態宣言以降の2カ月ほど、テレワークや映像サブスクリプションやネットゲームやオンライン飲みなど新たなITサービスが伸長した一方で、アナログな価値もまた見直されたように思います。そのひとつの証左として本というオールドメディアがあらためて注目され、たとえばカミュの『ペスト』が2カ月で15万部の重版をし累計100万部を突破したというニュースもありました。
 今回受賞作となった『空芯手帳』に即して言うと、主人公の同僚たちはどうしているだろうかとか、マタニティ仲間の妊婦さんたちはコロナにどう向き合っているのかとか思わず考えたりして、そうやって違う現実に触れることで、いまの息苦しさを忘れ一息つけたように思っています。
 コロナ禍はいずれ収束すると思いますが、今回そのような気付きを得られたことを糧として、今年の筑摩書房創立80周年から来年の81年目に向けて、心を新たにして良い本を作っていきたいと考えています。そこに八木さんにもぜひ加わっていただけると嬉しいかぎりです。あらためて太宰賞受賞おめでとうございます。」

 引き続いて、選考委員を代表して荒川洋治氏が挨拶に立ちました。
「今日はこのような状況のなかで、最初は贈呈式も出来るのかわからない、やれたとしても受賞者と主催者だけの簡略版じゃないかと懸念されていましたが、式のあとのパーティーこそ中止になったものの選考委員も3名駆けつけ、受賞者の晴れの門出を祝うのにふさわしい会を開けてよかったです。関係各位のご努力に感謝いたします。
 今回は選考も前例のないやり方で行ったわけですが、最初の評価を記した段階から、最終候補四作の中では完成度が高く芸術性もあって、『空芯手帳』を軸として選考が進むだろうと思いました。果たして選考委員全員がそのような印象を持たれたようで、すんなり受賞の運びとなりました。
 私の印象としては、ひとりの若い女性がひょんなことから妊娠したという嘘をつくことによって、彼女のまわりの風景が変化し、若い女性を取り巻く現実が見えてくる、とても秀逸な作品だったと思います。主人公が勤める製管会社の工場の様子が描かれるのですが、空の紙芯を作る機械の懸命の作動が鮮やかに描かれていて集中の読みどころと感じました。
 また、主人公の語り口を見ていると、この主人公はきっといい小説を書くのではないかと変な感想を持ちました(笑)。ひょっとしたら、この小説を書いたのはこの主人公なんじゃないかと。そういう空想も含め、いろいろな読み方が出来るいい小説です。これからもぜひいい小説を書き続けていただいて、次になにか受賞するときに、二回ぶんくらいの盛大なパーティーをやられるのを楽しみにしています。」

 表彰状、正賞及び副賞授与のあと、八木詠美氏が受賞の挨拶をしました。
「このたびは『空芯手帳』を太宰治賞受賞作にお選びいただきありがとうございます。この小説が二作目と、まだ私は小説を書きはじめたばかりなんですが、なぜ小説を書こうと思ったかと言うと、ふだんは女性向けの雑誌で編集者をしているのですが、そこでは情報をいかに簡潔に、わかりやすく、読者に読んでいただくかということに腐心しており、もちろんそれは大事なことなのですが、ふと、わかりにくいこと、簡単に白黒つけられないけどこの世界に存在すること、誰のためになるのかはっきりしないものなどを書いてみたいという気持ちがわいてきて、それを二年前にはじめて小説のかたちで書いたんです。
 書き方もなにもわからないまま、会社の帰りに図書館によって書いていったのですが、書いていると、仕事や家庭で起こった問題についてのもやもやがパーッと晴れていくのを感じました。じぶんの頭の中に、誰にも侵犯されないもうひとつ世界があって、その世界を言葉によって組み立て、歩いていけるのはとても幸せだと思いました。なので、誰かに見せるとか賞に送るということは考えていなかったのですが、もしこれを仕事に出来るかどうかはわからないけれども、なんらかのかたちで続けていけたら良いなというのと、じぶん自身がこれまで書かれてきた小説にたびたび救われてきたということもありまして、その恩返しのような気持ちで賞に応募したのですが、望外にも受賞の報せをいただきまして光栄のかぎりです。
 私事になりますが、昨年結婚しまして、そうすると社内などで「おめでとう」のあとによく「結婚式はするのか」と訊かれ「する予定です」と答えると、「女の子には一生に一度の晴れ舞台だからね」と言われるんですね。今回小説を書くなかで女性の権利やジェンダーによる差別などに触れたところがあったと思いますが、性別によって祝われる回数が決まるということはないはずなので、今日、このようなかたちでちゃんと二度目の晴れ舞台を踏めたことを嬉しく思っています(笑)。
 これからも何度でも晴れ舞台に出られるよう、書き続けていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。今日はありがとうございました。」

 そのあと、コロナ対策により欠席となった選考委員の津村記久子さんより八木さんへのお祝いのことばを司会が代読、それに続いて、奥泉、中島の両選考委員が八木さんへのはなむけのことばを述べられ、それを皮切りにしばし歓談のあと、出席者による記念撮影を経て、和やかな雰囲気のうちに散会となりました。

*選評と受賞作、それに最終候補作品は『太宰治賞2020』にて読むことが出来ます。

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