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ちくま新書

裁判官が見た人間の本性

法廷では権力者も庶民も“丸裸”にされる。

法廷では、権力者も庶民も“丸裸”にされる。悪意、狂気、愛と性……訴訟という泥まみれの戦場、古今東西の創作から見えた、人間の?なまの姿?を元判事が活写。

定価

1,012

(10%税込)
ISBN

978-4-480-07724-0

Cコード

0236

整理番号

1897

2026/01/06

判型

新書判

ページ数

256

解説

内容紹介

法廷では
権力者も庶民も
“丸裸”にされる。

『絶望の裁判所』著者の元判事・法学者が語る
人間の“なまの姿”──

裁判官は、法廷で、人間の「必死の姿、裸にされた姿」と対峙する。訴訟という泥まみれの戦場においては、人間性の深淵を覗かざるをえない場合があり、特に、その隠された側面、表立っては語られにくい側面にふれることは多い。法壇から、また時にはいわば神の視点から、紛争や当事者を、さらには自分自身を見据える仕事を33年間務めた著者が、古今東西の書物・作品をも渉猟しつつ、人間の本性とそれを取り巻く世界の種々相を、縦横無尽に、かつ生々しく活写する。

【本文より】
私たちの内なる「悪」
…悪は、自分とはかかわりのない事柄だとしてそれをみまいとする人々のところにこそ、その隙を突くかたちで訪れる。…

親子という難しい関係
…憎しみは、愛が反転した場合にこそ、最も激しく燃えさかる。男女間でもそうだが、親子や兄弟姉妹間の場合には、切っても切れない血のつながりが、それに拍車をかけるのだ。…

「私」とは何か?
…人が犯罪を含め禁じられている行為に手を染めるのをみずからの意志で控えることは、その行為の瞬間が近付けば近付くほど、その困難さが高まり、実質的には不可能に近付いてゆくのではないかとの疑いをもっている。…

目次

プロローグ──裁判官は人間をどう見ているのか

第1章 人間とその「生」の種々相
1 「結婚」の本質をめぐって
2 愛と性の複雑さ、不思議さ
3 親子という難しい関係
4 人生の「師」とは
5 友人と交友について
6 私たちの内なる「悪」
7 イノセンス(無垢)という観念
8 うつと狂気を考える
9 予言と運命をめぐって
10 必ず訪れる「死」について

第2章 社会の中の人間
1 プライヴァシーの意味
2 コミュニケーションは難しい
3 「原告」のつらい立場
4 メディアと人間
5 人間の尊厳を考える
6 「自分が一番」ということ
7 幸福と自己実現欲求をめぐって

第3章 大きな世界と人間
1 「私」とは何か?
2 宇宙の中の人間

エピローグ──夕べに死すとも可なり
あとがき──人間の本性に関する二十一のエッセンス

著作者プロフィール

瀬木比呂志

( せぎ・ひろし )

瀬木 比呂志(せぎ・ひろし):1954年、名古屋市生まれ。明治大学名誉教授。東京大学法学部卒。1979年から裁判官、2012年から2025年まで明治大学法科大学院教授。専門は民事訴訟法・法社会学。在米研究2回。著書に、『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(第2回城山三郎賞受賞)『民事裁判入門』『我が身を守る法律知識』『現代日本人の法意識』(いずれも講談社現代新書)、『檻の中の裁判官』(角川新書)、『リベラルアーツの学び方』『究極の独学術』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)、『教養としての現代漫画』(日本文芸社)、『裁判官・学者の哲学と意見』(現代書館)、小説『黒い巨塔 最高裁判所』(講談社文庫)、関根牧彦の筆名による4冊の書籍、また、専門書に、『民事訴訟法〔第3版〕』『民事保全法〔新訂第2版〕』『民事訴訟の本質と諸相』(いずれも日本評論社)、『民事裁判実務と理論の架橋』(判例タイムズ社)等がある。

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