プロローグ 死んだら心はどうなるんだろう
第1章 「心」――もうわかっていることと、まだわからないこと
(1) 心の五つの働き
心とは何だろうか?/心の鍵は意識と無意識
(2) 意識の三つの謎
心は脳に宿るのだろうか?/心はどこにある?
(3)〈私〉と「私」と「自分」の関係
「私」と〈私〉の違いとは?/前野隆司と前野隆司二号の違いとは?
なぜ〈私〉だけが〈私〉なのか?
(4) 脳の無意識を担う「小びと」たち
役割をこつこつこなす小びとたち/脳のバインディング問題とは?
(5)「私は生きているんだ!」という質感
「クオリア」とは何か?/クオリアは最大の謎か?
第2章 「私」は受動的――新しいパラダイム
(1) からだのどこまでが自分なのか?
シロアリの腸内バクテリアはシロアリの一部か?/大腸菌は人間の一部か?
(2) 脳=「私」ではない?
剣玉は自分の一部か?/小びとたちから見ると中も外も同じ
(3) 目で見るのではなく、脳を見ている「私」
なぜ「赤いリンゴ」とわかるのか?
私たちは「赤いリンゴ」という情報を見ている
(4)「私」ではなく、小びとたちが考える
「私」は主体的に考えているか?/考えているのは「無意識」の小びとたち
(5) 喜怒哀楽も、小びとのいたずら
胸がキュンとするのも受動的?/笑った顔を作ってみると楽しい気分になる
(6)「意図」も主体的ではない?
「よーい、ドン!」と走り出すとき決意はすべての始まりか?
(7) 指を動かし始めたあとで、動かそうと意図する「私」
リベット博士の実験の衝撃?/「私」は「意図」したと錯覚している
(8) 人は何のために錯覚するのか?
脳は空間を都合のいいようにひずませる/脳は時間のつじつまも合わせる
(9) 心の地動説――地球は太陽にしたがい、「私」は「自分」にしたがう
「意識」するタイミングは錯覚/錯覚したほうが都合がいい/心の地動説
(10) 川の下流にいる「私」
小びとたちは多数決で決めている/ニューロンは使ったものほど発火する
結果だけを見て錯覚している「私」
第3章 人の心のたねあかし――意識の三つの謎を解く
(1)「私」は心を結びつけてはいない
心はバーチャルワールド/脳はバーチャルリアリティーに近づけるか
(2)「私」は何のために存在するのか?
エピソード記憶ができないと不便?/「意識」はエピソード記憶のためにある
(3) 自分のコピーを作ると〈私〉はどうなる?
前野隆司二号の中の〈私〉とは何なのか?
〈私〉の正体は無個性なクオリアの錯覚
(4) 個性や創造性は心のどこが担うのか?
人の個性は小びとが担う/「私」はかやの外
(5) 心の質感は何のために存在するのか?
クオリアについての三つの疑問/クオリアは何のためにある?
(6) 心の質感はどのように表現されるのか?
クオリアと言語の違い/「コンピュータクオリア」の開発
(7) 心の質感はどのように感じられるのか?
指先の触感は錯覚としか考えようがない/生き生きとしたクオリアはみな錯覚
第4章 心の過去と未来――昆虫からロボットまで
(1) 動物は心を持つか?
心を持つのは人間だけ/霊長類は心を持たない?
(2) 昆虫の気持ちになってみると!?
羽アリは痛いと感じるか?/昆虫の気持ちの味わい方/昆虫と人の違いは?
(3) 夢・催眠・超常現象・神秘体験の意味
人は何のために夢を見るのか?/脳が作り出す超常現象
(4) 東洋的な世界観と受動的な「私」
「私」は生かされている
(5) 永遠の命は可能か?
究極の選択/私たちが失いたくないのは〈私〉/人が死を恐れる理由とは?
〈私〉は永遠
(6) 心を持ったロボットは作れる
心を持ったロボットを開発してもいいですか?/ロボットの個性は作りこめる
心を持ったロボットのメリット/心を持ったロボットの問題点
(7) 人も動物もロボットも平等な社会
人類の歴史は富と権利の拡大の歴史/動物への人権拡大
ロボットへも人権拡大/素朴な自然崇拝の再来
第5章 補遺――「小びと」たちのしくみ
(1) コンピュータと脳は同じか?
「小びと」はニューラルネットワーク/コンピュータも脳も1+1を繰り返す計算機
脳がコンピュータよりもすごいところ
(2) ニューラルネットワークは万能コンピュータ?
階層型ニューラルネットワークの計算のしくみ
ニューラルネットワークにソフトはない
(3) フィードバックとフィードフォワード
フィードバック制御のしくみ/フィードフォワード制御のしくみ
(4) フィードフォワードモデルの学び方
なぜこぶを乗り越えられるようになるのか?
(5) 順モデルによる脳内イメージと思考
練習しなくても上手くなる方法/行動の三つの方法
心はニューラルネットワークで表現できる
エピローグ 〈私〉は死なないんだ
参考文献
文庫版あとがき
解説 私はどこにいるか 夢枕獏