ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第二回(2/6)
(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
第2回 密室をつくる
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2 注文の多い読書

 二年生は『高校生のための批評入門』を副読本にしていた。もちろん最初から全員が黙読に参加するということではなかった。集中したりしなかったりとまだら模様ではじまった黙読授業も徐々に浸透して、年度末考査のころにほぼ定着した。ひょっとしたらこの若者たちは案外読むことが好きなのかもしれないとまで思うようになった。

 機械科二年生のS君の感想は嬉しかった。

「読書感想文」は嫌だったけど、今授業でやっているものは今までの「読書感想文」とは違って、自分が気に入った所の感想を書くことが主になっていますが、僕はそこが気にいっています。(下線S君)

 そうなんだ。気に入った文章を自分のペースで読む。このことが基本なんだ。これを忘れていた。これが読むことの楽しみだということを忘れていた。

 情報過多の今、若者の周りにことばがあふれ、飛びかっている。授業では読むことを嫌う生徒たちも日ごろはマンガや雑誌や新聞を読んでいる。カタログ誌や週刊誌を必死で読んでいる。誰からか強制されたのではなく、自分からすすんでしかもお金を出して買って読んでいる。面白いから読むのである。

 うまく読みなさいとか、こんな意味に読みなさいとか、はたまた感想文を書きなさいとかの足枷を、まず取り除いてやることが必要なのだ。読むことの楽しみを感じることの少ない生徒たちに読む前からあれをやりなさい、これをしなさいと注文をだすことは料理を目の前にしてお預けさせているようなものだ。

 宮沢賢治の作品を読む前に、賢治の紹介をする。続いて上手に音読してみよう。みんなの前でうまく読まなければいけない。たいへんなプレッシャーだ。漢字は知らないし、難しいことばが多い。漢字を覚えたり難しい語句を調べなければならない。さて、次はいよいよ段落に分けてみよう。各段落でどんなことが起こっているか、主人公の気持ちはどうか。解釈をして全体の要旨を手際よくまとめる。最後に感想文でしめくくる。それが終わったら、他の作品も読んでみよう、という具合だろうか。

 やっぱり注文が多すぎる。読むことの楽しみは好きなものを好きなペースで読むことだ。読むことの基本のスタイルにできるだけ近付ける。盛り沢山な注文に答える従来の方式の授業のやり方をひとまず横に置いておいて、普通に行なっている読書のスタイルに切り替えてみる。そうすればいままでそっぽを向いていた生徒たちも少しはこちらを向くかもしれない。

 ここらで、面白いから読むという窓口をもう開いてもいいころだろう。学力をつけるためにとか、成績をあげるためにとかの目的のための学習をすべて否定するわけではないけれど、そのことのために国語の授業のなかで読むことの楽しみを味わうことのできない若者が多数いることは確かだ。

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