ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第三回(1/6)
(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
第3回 逆習シール
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1 眠る・喋る・黙読する

 先日、他校の若い国語教師から質問を受けた。『国語通信』に書いた「わたしのアンソロジー」(一九九六年四月一〇日発行、第三四六号)を読み関心を持ったので、教科書を使って「黙読する授業」をやってみたが、うまくいかなかった、どうしてでしょうか? との質問だった。生徒は教科書のはじめの部分だけを読んでそれを写しガヤガヤと喋っている。しっかりやりなさいと言うと、もうやったからと返事してダメでしたというのが、彼女の説明だった。

 (1)短い教材を使うこと。

 (2)一回じゃなくて継続すること。

 (3)点数を与えること。

 ぼくはその時黙読の授業をするうえでの重要なポイントとしてこの三点を列挙し、彼女への返答としたが、これが十分な答えになっているわけではないことにうすうす気が付いていた。彼女の疑問の中身が技術的な問題をも含みながら、さらに黙読することが国語の授業の中心部分を成し得るかどうかという辺りにまで向けられているような気がしていたからだ。その場しのぎの返事をしてしまったというしこりが頭の内側に残った。

 黙読は精神的な営みであって、外見的な変化として表れない。教室で授業として行なった場合、生徒が黙読しているかどうかを教師が外から見て判断することができない。声を出して読むのでもない。ノートをとるためにペンを動かしているのでもない。生徒が本を開いて文字を見つめている間、沈黙が続く。というのが基本編である。

 しかし、現実はあの子はまた眠っている(sleeping),あの子はまだ喋っている(speaking)、あの子はたまたま黙読している(silent reading)など、3S(sleeping、speaking、silent reading)が複雑に入り組んだまだら状態になっている。この3Sはそれぞれ非常に不安定な状態なのでいつ入れ代わるか分からない。いかにして silent reading を長く保たせるか、どのような個別的な働きかけをすれば sleeping→silent reading、speaking→silent reading という具合に変換させることができるか、イライラカリカリワクワクの繰り返しで、気の休まる暇もない。つまり、応用編が出現する。

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