ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第三回(2/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第3回 逆習シール
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2 ざわめきを集音してみれば

 黙読する授業では全員が一斉に同じことをするのではない。それぞれの進度に応じて生徒一人ひとりが自分のペースで作業を進める。さあはじめましょう、と教師は最初黙読の開始を宣言したあと、段階に即して一人ひとりにアドバイスをすることになる。個々の生徒が、いまどの段階にあり、何につまずいているのか、どのようなアドバイスを必要としているのか、それを察知するのが教師である。働きかけよりも受けとめる方の比重が大きくなる。キャッチボール、あるいは雑談など呼び方はいろいろあるが、肝心なのは生徒といかにしてコミュニケーションをとるかということにかわりはない。

 みんながみんな黙読に集中しているわけではない。さきほど述べたように全体は3Sのまだら模様である。ひと昔前は大声で威嚇して何とか切り抜けることもできたが、最近は逆効果である。生徒が発する個々の電波の周波数を見分けて、他の類似の電波から区別することしか今のところいい方法は見つからない。

 今の子は、というよりいつの時代も若い世代は自分を表現するのが得意ではない。みんなの前で手を挙げて堂々と意見を述べることはイヤだ。発言の内容にも自信がないし、恥ずかしい。友達どうしでは大声で喋る若者も、教師には小声でボソボソとつぶやく。

 このボソボソ声をうまく集音すると意外な収穫があり、教室内の共有財産にすることができる。このリードつまらないなとつぶやく子がいる。「どこがいかんの?」と尋ねると、「カッコ悪い。」と言う。「じゃ、キミがもっとカッコいいリードを作ったらどうだ。」というようなやり取りが出てくる。実際にかれがカッコいいリードを作るかどうかはこの際大して重要ではない。かれが目の前の文章に対して興味を示しなんらかの動きを自分から起こす。それをきっかけにして集中力を高めることができればと願う。

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