ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第三回(3/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第3回 逆習シール
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3 手づくりを楽しむ

 ノートに書くことがらは次の五項目である。

 ① 作者紹介を写す。(客観的知識)

 ② リードを写す。(編集者からのメッセージ)

 ③ 本文の中からもっとも気に入った箇所を三行以上書き抜く。(作者からの声)

 ④ ③についての感想を一行以上書く。(読者のオリジナリティをちょっぴり)

 ⑤ 覚えたい漢字を一〇語以上書き出す。(ことばの学習)

 一年生で『高校生のための文章読本』の「富士早春」(吉田とし)を読んだ。黙読をしてノートをつくり終えた生徒が、自分のノートに見とれている。文例を読んだ充足感を体の中にたくわえて、ひと休みしている。残像が身体をかけめぐっている最中だ。肩越しにノートを覗く。きれいだ。レイアウトをよく考えている。カラーペンを使った色彩豊かな芸術的なノートになっている。

③ 「なによ、てれちゃって。」杏子は小声でいってみた。すると、まるでそれに応えるように、だいぶ行ったあたりから口笛が聞こえてきた。つばさを張ったコンドルがゆるやかに舞い、彼方の空へまっしぐらに飛んで行く。……杏子はほほえんだ。今度の口笛は、杏子が聞いているのを知っていて吹いている。杏子のために、とまではいかないが、青年のこころの中に杏子の声が残っているのは、たしかであった。
④ 杏子もその男の人が気になっていたんだろう。そして、その男の人も気になっていたんだろう。だから、男の人は杏子に口笛を聞かせるために、また、もどってきたんだ。とってもラブリー♥♥♥♥……(I君)

 ①から⑤の番号が飾り文字のようになり、♥のマークがピンク色に描かれている。大事なところは強調マークや、二色刷りになっている。ノートの中を熱帯魚が泳いでいるようだ。楽しんで書いている。これはなかなかいい。

 というわけで、「ノートを画用紙と見なしてレイアウトを考えてノートをつくること」を早速取り入れた。芸術的な要素を加えることでノートづくりの楽しさを狙った。

「行と行のすき間・段差・マーク・強調の印・文字の大小・色彩」などを考えて、「読みやすく・芸術的に・楽しんで書くように」と黒板に大きく書いた。この板書を各クラス二、三回繰り返した。

 今の子のペンケースの中身はカラフルだ。赤・青・黄・緑などのカラーペンだけでなく、蛍光ペンやしま模様の出る文具まで用意している。普通のエンピツ用の他にもう一つカラーペン専用のケースまでそろえている色塗りのプロまでいる。こういう子はこのときばかりとアーチスト感覚を発揮して自己をアピールする。

「おれはレイアウトが好きだから、芸術点をかせぐ」と無意識的にカリグラフィーを試みる生徒や、「ぼくはレイアウトが得意でないから文で頑張る」と耳打ちにくる生徒まであらわれ、ノートを点検するこちらまで気分が浮き浮きしてくる。早速かれらのノートをコピーし、絵やマークをカットに使ってオリジナルプリントをつくりそれぞれのクラスにフィード・バックした。

 こうした遊び心があっちこっちから生まれてくるとうれしくなる。読書するのは何も授業のときだけではないし、学校の先生の点検を受けるためでもない。小学校のころお話の本を読むのが好きだったとか、小説に興味があるからとかの本人だけの楽しみがどこか身体の隅っこのほうに眠っている。これを忘れてしまってはいけないなあと思う。

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