ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第六回(4/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第6回 教室に風を入れる
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4 市民権を得る

 社会人対象の文学講座を担当する機会があったので、このハットリ・メソッドを学校の外で試みた。地元の小牧市が毎年行なっている市民講座の一つで、講座名は「文学のなかのユーモア――カレル・チャペックを読む」である。

 週一回二時間単位で、一〇週の連続講座である。一回にチャペックの作品一つずつを紹介する方法で進めると全体として消化不良の後味を残すのではないか、それより期間中に一作品を読み通すほうが受講者としても充足感が得られるのではないかというアドバイスを東京の国立市公民館の和田正子さんから頂いて、チャペックの小松太郎訳「園芸家12カ月」(中公文庫)をテキストに読み進めることにした。和田正子さんは国立市公民館で市民を対象にしたさまざまな講座を企画されている方で、わたしもそのなかの文章講座に講師として毎夏参加している(その経過については『国語通信』第三四五号収録の「万人のための文章表現をめざして」に報告した)。その縁で、今回の講座を担当するにあたりこちらからいろいろおききし、アドバイスをして頂いた。

 講座の各回は前半の一時間で「園芸家12カ月」を読み、後半の一時間でチャペックを紹介することにした。ここ二、三年、チャペックの作品がチェコ語から翻訳出版される時代状況になって風向きが変わりはじめたなと感じていた矢先であり、講座開始の前日に運よく恒文社から出されたチャペック・エッセイ集四「園芸家の一年」(飯島周訳)を手に入れることができた。

 本文を輪読してその日読んだ部分から各自がもっとも気に入った断片を書き写し、短いコメントを付けることにした。ハットリ・メソッドの③と④の実習である。

 社会人は生活の時間を削って参加するだけあって、高校生に比べると意欲と集中力が格段に勝っている。③と④への取り組みも、最初にやり方を説明すればスムーズに進んでいく。書き込みを終えると、一人ずつ発表する。発表者の目は宝物でも手に入れたかのように輝いている。

 話し合いが自然発生的に起こるのも社会人の講座ならではの成り行きである。同じテキストを読み、それぞれが違った感想を出してぶつけ合う。談論風発が沸き起こる。作者のチャペックがすぐ近くにいて直に語りかけてくるような気がする。「ほんとうに、こりゃいい土だ。なあ、パンに塗ったっていいくらいだよ」(「イギリスだより」)と耳元でささやいている。

 原典訳ではどうなっているのでしょうかという探究心に燃えた発言がだれからともなく出てくる。ドイツ語からの重訳である小松訳の不明の語句をチェコ語原典訳である飯島訳と比較対照して読むぜいたくを味わいながら、小松訳の方が味わいがあるね、出版後四半世紀経って絶版にならないだけのことがあるねなどと感想を述べ合う。自然発生的に起こるフリートーキングへの熱中が信じられないくらい高まる。部屋のなかに熱中度計測器があれば瞬時にしてメーターの針が吹っ飛んでしまうだろうと感じたくらいだ。

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