loading...

単行本

ユダヤ・ジェノサイドと日本の戦後

——アウシュヴィッツ、夜と霧、ホロコースト、ショアー

戦後の日本人は、ユダヤ・ジェノサイドをどう受けとめたのか。「命のヴィザ」の虚構性を暴いた著者が、膨大な文献渉猟から思考と感性の変遷を描く、画期的大著。

定価

22,000

円
(10%税込)
ISBN

978-4-480-84340-1

Cコード

0021

整理番号

2026/12/08

判型

A5判

ページ数

1,160

頁
解説

内容紹介

〈かの出来事〉を日本人はいかに受けとめたか

膨大な史資料を渉猟・分析し、戦後日本におけるユダヤ観の変遷だけでなく、
「戦後」という時代が日本人にもたらした思考の枠組みをも浮かび上がらせる空前の大著。

出来事に対し、自らの足元と心の内を省みることをもってその「受容」が始まるのだとすれば、今日に至るまで日本人は〈かの出来事〉をどのように受け入れてきたのか。出来事の呼称の問題、『夜と霧』と『アンネの日記』、アイヒマン裁判の意味、広島・長崎の原爆との相関性、杉原千畝の「命のヴィザ」言説が公論に与えた影響、1990年代に生じた言論空間の変質……。ユダヤ・ジェノサイドの受容過程を膨大な史資料の分析とともに追跡しながら、「日本」という場所、「戦後」という時代がいかに日本人の思考や感性を規定してきたかを炙り出す。
装画=丸木位里・丸木俊《アウシュビッツの図》(原爆の図丸木美術館、1977年)

===
「われわれは、自身や自身が属する人間集団を襲った災厄を他者や他の人間集団が被った苦難と結びつけない限り、災厄や苦悩を人工的に生み出し続ける戦争やジェノサイドの久遠の悪循環から抜け出すことができない。よって、われわれは、ときに苦痛や嫌悪感をともないながらであっても、他者の災禍の火口を覗きに、それぞれの外輪山への登山を試みなければならない。ただ山に登り、火口底を覗いて帰ってくればよい、というものではない。自分が他者の災厄をわざわざ覗きに行くのは、特定の苦難の歴史的特殊性を捨象するためでも、逆にそれを絶対化、特権化、神聖化するためでもなく、それがある火山について学ばれ得る教訓が別の火山の麓の平野部において忘れられたり、無視されたりするのを食い止める唯一の方法だから、との意識をもって、そうしなければならない。」
――「終わりに」より
===

目次

はじめに
第一章 〈かの出来事〉をどう呼ぶか?
第二章 第一次〈アウシュヴィッツ〉期 1945~1956
第三章 〈夜と霧〉期 1956~1961
第四章 アイヒマン裁判の受容 1960~1961
第五章 第二次〈アウシュヴィッツ〉期 1961~1977
第六章 〈ホロコースト〉期 1978~1994
第七章 杉原千畝「命のヴィザ」とは何だったか? 1979~1994
第八章 〈ショアー〉期 1995~

終わりに
註
あとがきに代えて――アウシュヴィッツ早朝ジョグ
人名索引

スペシャルコンテンツ

 

「単行本」でいま人気の本

【9/21は敬老の日】老いをかんがえる本