ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第四回(3/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第4回 テキストを編集する
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3 解答・ア・ラ・カルト

 評価は平常点とテスト点の両方を合わせて出すことになっているので、テストをどうするかを考えなければならない。教科書を使ったときは従来どおりの知識を問う問題にしたが、「高ため」を集中的に進んだときは「高ため」を持ち込みのテストにした。

 考査時間内に「高ため」の文例を読んで①~⑥を解答用紙に書き込むことを基本として、いくつか細かい問題を付け加えて、バリエーションをつけた。

 読みがなのついていない漢字にフリガナをつけさせる問題とか、④については字数制限をして出題した。あるいは、「高ため」の各文例に付いているリード②を、これも字数制限して自分で考えさせる問題も出した。学年末には黙読の授業方式についての感想を付け加えた。本を持ち込んでテストするなんて大学生の試験みたいだと、アルバイト先で知合った女子大生に教えてもらったと喜ぶ子もいた。

『高校生のための批評入門』の持ち込みのテストで「断層」(中上健次)を読んだ自動車科のH君の解答と、「感想」を覗いてみよう。

③ キタナラシイ トウサント ヒサシブリニアルコウ……ごめんだ。二十分前、きっとあの女と一緒に、寝ていたにちがいない。肩にかかっている父の大きな手から、汚らしい毒が体中にまわり込んでくるように思えた。俺は手をはらいのけ、自転車に乗った。
④ 男というものは、勝手だな、とつくづく思う。文章に出てくる父だけじゃない。男は愛してくれる女がいるにもかかわらず、家庭があるにもかかわらず、おかまいなしに女をつくる。ぼくはそんな大人になりたくない。
「感想」 なんだかいままでの授業とは違い、提出しなければどんどん点数が下がっていくという、自分が動かなければ、自分がやる気で取りくまなきゃどんどんおいていかれるような気がしたので、不思議だけど、どこか新鮮に思えた。そして、先生たちは、僕らが社会に出ても困らないように、自分一人で歩けるようにと、その練習みたいな形で、こういう授業をやったんだと思う。僕は先生の考えていることは、やっぱり僕らと違う大人だな、かっこいいな、と思った。(自動車科H君)

 感想を読むと授業を担当するぼくの方が大人なのか、授業を受けているH君の方が大人なのか、フッと境界が分からなくなりそうな気がする。ぼくのほうが試されているという気がする。でも、なんとなくうれしい。一年に何度もあるわけじゃないが、かれらのことばに励まされるから、授業が続けられる。

 文例に付いたリードを参考にして自分でリード(字数八〇~一〇〇字)を作る問題は予告しておいてから出題した。村上春樹「風の歌を聴け」(『高校生のための文章読本』所収)と宮本常一「土佐源氏」(『高校生のための小説案内』所収)のリードとして書かれた解答を一つずつ紹介しておこう。

O君 「黒くて、小さな部屋。それが、君の心さ。暗くてせまい、そんな部屋に君は、いつも一人でいる。君は、まだ、知らないのかもしれない。心の色が、変わるということを。君の心は何色になるだろう。」(大人はわかってくれない、といつの時代も若者は叫び続ける。だけど考えてみよう。本当にわかっていないのは、自分自身のことなんじゃないのか。君の心の隅に隠れているその黒くて重いもの、それはいったい何なのだ?)
I君 「男の中の男、じじいの、なつかしくはずかしい青春の日。思えばあわゆい恋の坂道。自分(われ)をわすれてかけのぼる若者の心は今、何かにとりつかれたように一人の嫁へ。バアさんごめんね……。反省ながらも語る恋物語。」(「かわいがったおなごのことぐらいおぼえているといいなさるか?……遠い昔のことじゃのう。」と言いながら、盲目の老人は語り始めた。ここは高知県檮原(ゆすはら)村。橋の下に小屋掛けしただけの粗末な住まいである。筆者の訪問が老人を回想の世界へと導いてゆく。)

 参考として後の( )の中に文例に付いている元のリードを引用しておく。生徒の書いたリードと比較して読むと、かれらもなかなかやるじゃないかと唸ってしまう。「高ため」編集者が書いたリードとそっくり入れ替えてもいいくらいだ。

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